 |
|

第40回の紬人は、ロサンゼルス在住のマッサージセラピスト・料理研究家 高山典子さんです。典子さんは、ロックバンド『ヴァン・ヘイレン』のボーカリスト、デイビット・リー・ロス氏の専属マッサージセラピストとして全米コンサートツアーに参加した経歴の持ち主。日本から海外へと活躍の場を広げる彼女が、どのような人生をつむいできたのか、そしてこれから何をつむいでいきたいのかを伺いました。
マッサージとお料理 in LA !?
ーなぜ、マッサージ・セラピストに?
日本でレストランを経営していたのですが、激務がたたり身体を壊したことがきっかけです。高校卒業後、動物専門学校に通うために上京。その後カメラスタジオでスタジオアシスタントを経て、縁あって東京都築地卸売市場で働き始めました。そこで、板前のお客さんが「魚の卸し方を教えてやるから店に来てみたら」と誘ってくださったんです。元々食に興味があったので何度か通っているうちに、彼に弟子入りして日本料理を学ぶことにしました。当時は若かったんですね、朝から昼間まで卸市場で働き、午後から板前修業をするというハードな日々を送っていました。その後、20代後半で独立。川崎に小さなレストランをオープンしたんです。好奇心旺盛な性格なので日本料理だけでなく中華や創作料理なども出すお店にしました。お店は順調だったのですが、体調を崩したのを機に店を閉めることにしたんです。今までの身体を酷使する働き方を反省し、これからは身体をケアすることを仕事にしたいと思いマッサージを学ぶことにしました。
ーそれでアメリカの学校に行ったのですか?
いいえ、資格情報誌で探して日本のマッサージ学校に通い始めました(笑)。私が入学した年にロサンゼルスのマッサージ学校と2ヶ月の短期留学でアメリカでの資格を取得するという提携が始まり、それに応募して渡米することになりました。
ーその当時から、アメリカで開業しようと。
まったく考えていませんでした。人並みにアメリカの文化に興味はありましたが、英語も話せなかったので、日本で働こうと思っていました。留学期間の終了直前、留学仲間の女性に「あなたのお金を全部もつから、もうひと月一緒にアメリカに残ってくれない?」とお願いされたんです。ひとりでアメリカに残るのが心細かったのでしょう。迷った末に、一緒に残ることにしました。ただ、全額払っていただくのは申し訳ないので、帰りの飛行機チケット代だけをお願いして、生活費は学校近くの日本食レストランに頼み込んで働かせてもらいました。この1ヶ月の経験は、いろいろな面で視界が広がることにつながりました。学校の方々の親切な対応に感激したこともあり、帰国後お金を貯め、翌年には同じ学校に1年間留学したんです。
ー本気留学ですね。
このときは留学ビザの申請や住居も自分で手配しました。学校を卒業した日本人女性と連絡を取り合いホームステイしたり、日系雑誌で部屋を探したり。アメリカでマッサージ・セラピストとして働けるようになりたいと思っていたので、留学期間中に就労ビザを取得したんです。有名ホテルのスパなどで働いた経験は、いろいろなお客さまと接し、技術向上と人脈を広げるいい機会でした。ここ1年は完全に独立して活動しています。
ー本当にいろいろな経験をなさってきたのですね。
その時々のチャンスの波に乗ってアメリカまで流れてきたような感じです。現在はマッサージだけでなく、料理教室や料理のデリバリーもしています。お客さまは日本人が多いので主に和食中心です。とても好評で、お正月に向けて100人分を越えるお節料理のご予約をいただいているので、年末に徹夜で仕込みをすることになりそうです。(笑)

バックナンバー
|